Enter the Sphere

はじまりはブルースから: Enter the Sphere

Magic of Loveの転調でとりあげたように、中田ヤスタカ氏は同主調転調あるいは短三度関係にある調への転調をよく用いる。これは3と♭3の転換という観点では、ブルースと極めて近い関係にあるといってよい。しかしながら、一方で、Have a Strollのように、曲の一部にフレーバーとしてブルースの要素が使われることはあるものの、一曲を通じて全面的にブルースが押し出される曲はPerfumeにはほとんどない。この数少ない例外が、リニアモーターガールとEnter the Sphereである。

下はリニアモーターガールの歌い出しの部分である。なお、Have a Strollのエントリーでも述べたが、ブルースが何かを根本的に論じるのは専門家の方にお任せすることにして、ここでは同一時間内に3と♭3が共存するなど、同主調のメジャーとマイナーの特性音の共時的表出をもってブルースと考えておく。キーをとりあえずE♭メジャーと表記しておくと、二段目のシーケンスフレーズの赤で囲った最初の音は♭ソで♭3度、すなわち、ブルーノートとなっている。E♭マイナーでない証拠として三段目のオルガンの青で囲った最初の音はソ、すなわち3度の音であり、同一時間内の3と♭3の共存が確認できる。このようなストレートなブルースを使ったのには、テクノポップという文脈で通常使われることないブルースという要素をあえて取り込むことにより、通常のテクノポップからの逸脱を意図したのが理由の一つとして考えられる。しかしながら、近未来テクノポップユニットというコンセプトの下にメジャーデビューする一発目の曲に、あえて、テクノポップと異質なブルースをぶつけてくるというアイデアは興味深い。

Linear01

一方、Enter the Sphereのシンセベース音が入り始める4小節を採譜したのが以下である。キーをとりあえずA♭メジャーで表記すると、二段目にあるシンセベース音の赤で囲った音が、♭ドで♭3度でありブルーノートである。しかしながら、同時に奏でられているシンセブラスにはド、すなわち3度の音が含まれており、やはりブルースになっていることがわかる。

Enter01

リニアモーターガールがメジャーデビューという新たなステージのはじまりの曲であったのと同様、Enter the Sphereもアルバム・ツアーのLEVEL3のはじまりの曲であり、さらに、Perfume global siteのはじまりの曲でもあった。中田氏はアルバムのラストの近くにいわゆる着替え曲といわれるインストの要素の多い曲を配するなど、全体的な時間配置と楽曲のイメージの間に嗜好があるように感じられる。両者が何かのはじまりを表す曲であるとともに、滅多に使われることのないブルースが使われているのも偶然ではないように思われる。 もし、ブルースがある種の強力なエネルギーを発する混沌の場であるとすれば、通常の中田氏によるPerfumeの曲での同主調転調は、そのエネルギーを貪欲に取り込みつつも、混沌から一定の距離を置く戦略といえよう。しかし、あえてストレートにブルースを使ったのは、やはりはじまりというイベントに対して何か爆発的なエネルギーを付け加えようという意図があったのではないだろうか。

もう一点、注目すべきなのは、リニアモーターガールが逸脱を試みつつもあくまで伝統的な「テクノポップ」という枠組みに留まっているのに対して、Enter the Sphereはその後のPerfumeやCAPSULEで培われた技術を最大限に応用し、完全に「ロック」という文脈で作られている点である。2010年に行われたPerfumeファンクラブトゥワーで、関係者からのビデオレターが流された際、中田ヤスタカ氏は「Perfumeと一緒に成長してきた」という趣旨のことを話していたが、Perfumeのブルースも進化を遂げて帰ってきたということができよう。若き日のPerfumeの耳にとっては違和感でしかなかったと考えられるブルースであるが、LEVEL3へと向かう彼女達に、様々な挑戦を超えて同じく成長してきた中田氏が、もう一度あの混沌のエネルギーを贈ったのがEnter the Sphereだったのかもしれない。

PTO: ver1.0 (2014/03/23)